G7、ロシア産ダイヤモンドを対象とする経済制裁へ –Q&A

【2023年10月28日 国際平和情報サービス(IPIS)】

2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻は、ロシア経済に打撃を与え、ロシアの軍事費の資金源を枯渇させることを目的とした、前例のない経済制裁の広がりをもたらしました。その中には、ロシア産ダイヤモンドを西側諸国の市場から締め出す取り組みも含まれています。2023年10月初旬ブリュッセルで行われたウクライナのゼレンスキー大統領との会談で、ベルギーのドゥ・クロー首相は、ロシア産のダイヤモンド原石と研磨済ダイヤモンドを追跡し取引を禁止するための協調的な禁輸措置の条件について、欧州連合(EU)と主要7ヵ国(G7)が合意に近づいていると述べました。

このQ&Aでは、ロシア産ダイヤモンドとその取引禁止の提言、ベルギーの役割、そしてこれらの措置が手掘りダイヤモンド採掘者たちに及ぼす潜在的な影響についての重要な質問に国際平和情報サービス(IPIS)が回答します。

ロシア産ダイヤモンド背景

ロシア経済にとってダイヤモンドはどのくらい重要なのですか?

ロシアは世界最大のダイヤモンド産出国です。現在、世界のダイヤモンド供給量の3分の1はロシアのシベリアにある鉱山によるものです。その90%以上はアルロサ社によって産出されており、アルロサの3分の2はロシアの政府機関(3分の1はロシア連邦、もう3分の1はサハ共和国(ヤクーチア))が所有しています。2023年上半期、アルロサの収益は1,882億ルーブル(約19億ユーロ)でしたが、これが配当や税金を通じてロシア政府へ実質的に資金として流れています。

2023年9月だけで7,399億ルーブル(74億ユーロ)を生み出したロシアの石油・ガス部門に比べれば規模は小さいものの、ダイヤモンド採掘からの収益はロシア政府にとって効果的で、象徴的な意味でますます重要になっています。というのも、制裁の影響を受けていない数少ないロシアの産業の1つだからです。

ロシアのダイヤモンド産業は、対ウクライナの戦争によってどのような影響を受けているのですか?

これまでのところロシアのダイヤモンド産業は、ウクライナでの戦争やロシア産ダイヤモンドをめぐる国際論争の高まりからさほど影響を受けていないように見えます。世界のダイヤモンドの主な消費市場である米国が制裁を科したにもかかわらず、ロシア産ダイヤモンド原石の輸出は2022年にわずか数パーセントしか減少しませんでした(2021年の総額37億8,000万ユーロに対し2022年は36億3,000万ユーロ)。

これにはダイヤモンドのトレーサビリティの欠如が関係しています。米国の制裁は、ロシア産のダイヤモンド原石もしくはロシアにてカット、研磨されたダイヤモンドだけが対象です。しかしロシアのダイヤモンドの大部分及び世界のダイヤモンド供給量の90%以上はインドでカットや研磨が行われており、その瞬間から米国の制裁体制においてはインドのダイヤモンドと見なされ、自由に市場に流通できるのです。

こうした抜け穴こそ、より強力な国際協調と妥協のないトレーサビリティ要件の確立を求める声の焦点となっているのです。米国はダイヤモンドの主要な消費市場です。EUは、アントワープを配し世界最大のダイヤモンド取引の拠点です。この二者が協力し合えば、残りのサプライチェーンに多大な影響力を及ぼすことで規制の隙間を埋めることができ、責任あるダイヤモンドガバナンスに向けて重要な躍進を遂げることができるでしょう。

ロシア産ダイヤモンドに対する制裁とトレーサビリティ

G7の新たな取り組みとは? 

「ダイヤモンドの輸出によりロシアが得る収益を減らすため、我々は引き続き緊密に協力し、ロシアで採掘、加工、産出されたダイヤモンドの取引と使用を制限する。また主要なパートナーと連携し、追跡技術などを通じて今後の協調的な制裁措置が効果的に確実に実施されるようにする」

ロシア産ダイヤモンドを追跡し禁止するというG7の協調的な取り組みですが、2024年初頭に開始するという計画はそのままです。したがって、どのように実施するかといった詳細は今後判明する見込みです。

トレーサビリティとは?

トレーサビリティとは、採掘された瞬間から、数多くの取引や加工を経て消費者に販売されるまでダイヤモンドが追跡されることを基本的に意味します。言い換えれば、ダイヤモンドの原産地、特性、所有権の情報をサプライチェーン全体で保持するための取り組みです。これは今日、ダイヤモンド業界全体を見てもどこにも存在していません。原産地情報付きで販売されているコーヒー、チョコレート、海産物といった他の商品と違って、宝石商は概してダイヤモンドの産地を顧客に伝えることができないのが現状です。

G7の新たな取り組みの中で、制裁はロシア産ダイヤモンドが西側諸国の市場へ入る主な経路を阻止する役割を果たし、トレーサビリティは迂回して流通する可能性を減らすことを目指しています。トレーサビリティがなければ、ドバイのような貿易の中継地で他国の産出物と混ぜる、あるいはインドでカットや研磨するといったことで、ロシア産ダイヤモンドの原産地を簡単にうやむやにできてしまうのです。

それこそがキンバリープロセス認証制度の目的ではないのでしょうか?

キンバリープロセス認証制度は、よくそのように表現されるのですが、トレーサビリティの仕組みではありません。設計上、サプライチェーンの始めから終わりまでダイヤモンド原産地に関する情報を維持管理しようという努力はほとんどされておらず、実際にはトレーサビリティに反する働きさえします。これは、一つの出荷品に複数の国のダイヤモンドが含まれる場合に使用される「混合原産地」証明書システムのせいです。この証明書は現在大した監視もないまま広く普及しています。キンバリープロセス認証制度の理論的概念は、キンバリープロセス加盟国にのみダイヤモンドの持ち込みが許されるという排他的な流通経路を作ることでした。しかし実際、さまざまな抜け穴によって、起源が疑わしいダイヤモンドでサプライチェーンが汚染されてしまう余地が大きく残されているのです。

さらに言えばキンバリープロセス認証制度は、ダイヤモンドの収益を国家主体が紛争資金供与に使用することを予防するようには設計されていません。20年前、アフリカのいくつかの国で内戦を繰り広げていた反政府軍の資金源に対処するためにできたものです。キンバリープロセスの紛争ダイヤモンドの定義は今日でも非常に狭く、「反政府軍による活動またはその同盟者が、合法的な政府を弱体化させることを目的とした紛争の資金調達に使用するダイヤモンド原石」のみとなっています。この定義を拡大するには、85ヵ国を代表する59のキンバリープロセス全加盟国(EUは単一の主体扱い)の合意が必要ですが、全員の合意は不可能であることが過去20年の経験から分かっています。

G7の進行が大変遅く見えるのですが?

ダイヤモンドのトレーサビリティシステムの構築が、当初の予想より困難であることが判明したのでしょう。主な理由の1つは、ダイヤモンドのサプライチェーンの複雑さと不透明さです。長きにわたりダイヤモンド取引が非常に人を惹き付け、また違法な資金調達や犯罪行為に対して脆弱である原因もそこにあります。この複雑さに対するG7の掌握力を強化するため、制裁の地理的範囲を可能な限り拡大し、G7以外の政府からも賛同を得るための努力がなされている最中です。2023年9月上旬、G7代表団はトレーサビリティの取り組みに対する支持を集める目的で、巨大なカット・研磨業界を有するインドを訪問しました。インドのカット職人や研磨企業には、ロシア産ダイヤモンドと非ロシア産ダイヤモンドを選別してもらう必要が生じるためです。

規制の複雑さに加えもう一つ重要な要素として、トレーサビリティシステムの構築が、これまでずっとあいまいな状況をよしとしていた業界を揺るがすことになるという事実があります。現状に変化が起こるとカードがシャッフルされることになり、主要関係者は敗者に成り下がるまいと考えたり、優位を勝ち取ろうとしたりします。

G7の構想はどのようなものになるのでしょうか? 

提案者の利益が反映されているさまざまな提案が提出されています。まずベルギー政府が、アントワープ・ワールド・ダイヤモンド・センターの重要な意見を入れた提案をとりまとめました。これは、原石や研磨されたダイヤモンドの情報をブロックチェーンのトレーサビリティシステムに取り込み、サプライチェーンを透明化するものです。業界内には、この提案は極端でコストがかかりすぎる上、手掘り採掘やインドのいわゆるカット作業「小屋」といった、この業界に存在する非公式経済部分の現実を考慮していないと考える人もいます。

キンバリープロセスにおいてダイヤモンド業界を代表する、ワールド・ダイヤモンド・カウンシル(WDC)は別の案を提案しました。システム・オブ・ワランティ(WDC提唱の制度)の実施方法に基づき、出荷品にロシア産ダイヤモンドが含まれていないことをすべての輸入通知書に記載し申告するよう、取引企業に求めるというものです。このような流通管理の手段に対する批判としては、これが基本的に信頼ありきである点が挙げられます。たった一人のいいかげんな関係者により、その後につながるすべての関係者がだまされてしまうわけですから、最も脆弱なつながりを当てにしているとも言えます。

最近では、インドの宝石宝飾品輸出促進委員会(GJEPC)やフランスの宝飾品協会(UFBJOP)による提案など、他の案も発表されています。

202411日がG7による制裁の開始日であるとする報道もありますが、それは達成可能なのでしょうか? 

これは定かではありません。G7諸国が全体の枠組みや手段に合意した後も、詰めなければならない詳細や専門的な手続きがたくさんあります。急ぐべきことではありません。取り組みの複雑さを考えれば、やっかい事は細部にあると言えます。実施、監視、管理のための適切なツールがなければ、ロシア産ダイヤモンドを禁止しているとG7が思っていても、実際は検知できていないことになります。悪意ある人物は、すぐに手を打たれることのなさそうなあらゆる弱点を利用するに違いないからです。

ですから、最終的なトレーサビリティ体制の継続的な有効性を確保するためには、外部による精査と評価が鍵となります。 この構想の設計ならびに実施における問題点を見抜いて対処するためには、透明性が求められるのです。

ベルギーと制裁

以前ベルギーはEUの制裁に反対していると見られていましたが、何が変わったのでしょうか?

ベルギーのアントワープにあるヴェスティング通り ©IPIS

 

ベルギーは当初ロシア産ダイヤモンドに対する制裁を躊躇していました。ロシアは大きな影響を受けることもなく、ドバイなど他にダイヤモンドを販売する場所を簡単に見つけることができるので、アントワープがそもそも痛手を被ることになるのではないかと懸念したためです。これはアントワープの主導的地位にとって脅威でした。

しかしこの態度は多方面から批判を招きました。なぜならベルギーは倫理よりも利益を優先し、ダイヤモンドのような生活に欠かせないわけではない贅沢品のために、EUの結束を損なっていると見なされたためです。アントワープのダイヤモンド部門は当初、嵐から逃れて傍観し、戦争が終わればいつもの仕事に戻れることを望んでいたのかもしれません。

しかしこれまでどおりにはいかないことが明らかになってきました。ロシア産ダイヤモンドは、ウクライナでの戦争がたとえ早期に終結したとしても取り消すことはできない程、そのイメージは悪化しています。さらに、制裁がなくてもアントワープにおけるロシア産ダイヤモンドの直輸入は劇的に減少しています。

何も手を打たないことは、世界で最も倫理的なダイヤモンド取引の中心地というアントワープのイメージを悪化させるだけだったので、ベルギーは国際協調を積極的に先導する選択をしたといっても過言ではありません。

ロシア産ダイヤモンドはアントワープにとってどれほど重要なのですか? 

ウクライナとの戦争の前、アルロサはアントワープのダイヤモンド取引企業にとって飛びぬけて重要なビジネスパートナーでした。2021年、ベルギーは約18億ユーロ相当のロシア産ダイヤモンド原石を輸入しました。これはベルギーのダイヤモンド原石輸入量のおよそ4分の1に当たります。2022年にはこれが14億ユーロ程度まで減少しました。減少傾向は2023年も拡大し、ベルギーが今年上半期ロシアから輸入したダイヤモンド原石の価値は2億8,800万ユーロに落ち込みました。トレーサビリティの欠如により、ドバイやムンバイといった他の主要取引地を経由した後、ベルギーを通過するロシア産ダイヤモンドがどのくらいあるかを示す数字はありません。

G7の制裁案が痛手である反面、輸入における損失の大半は既に吸収されており、ベルギー経済への影響は深刻なものではなさそうです。そのうえ、ベルギー政府が提案したトレーサビリティシステム構築案は、アントワープの商売敵がロシアを支援して制裁を回避させ、陰で利益を得ることがないよう配慮しています。

アントワープがダイヤモンドの中心地となるチャンスはあるのでしょうか?  

当初ロシア産ダイヤモンドへの制裁に反対していたベルギーは、今回の危機にチャンスを見出したのではないでしょうか。西側諸国でダイヤモンドの主要取引拠点としては唯一の存在ですので、G7市場への玄関口という地位を確立することができますし、近年かなりの市場シェアを失ったドバイに代わり、アントワープは再び優位に立つことができるでしょう。

制裁が手掘り採掘者たちに及ぼす影響

トレーサビリティシステムの構築は、手掘り採掘者たちにどのような影響を与えるのでしょうか?

手掘り採掘者たちは、世界のダイヤモンド原石産出のうち、量では15~20%、金額では5~10%を占めると推定されています。手掘り採掘業界でどのくらいの人数が雇用されているか、信頼できる数字はありませんが、よく言われているのは、世界中に100万人を超える手掘りダイヤモンド採掘者がいて、生活するために採掘者に頼っている人はそれを上回る数いるのではないかということです。

したがって、トレーサビリティシステム構築の要件が手掘り採掘業界に与える影響についての注意と精査は当然なことであり、必要なことなのです。手掘り採掘者は分散して存在し、かつ非公式に採掘しているという特徴があるため、自分たちが採掘したダイヤモンドの情報をトレーサビリティシステムに組み入れることは非常に困難です。もし彼らが放置されたままとなると、手掘りされたダイヤモンドはロシア産ダイヤモンドと同じく質の悪いものと分類されてしまうおそれがあります。ですからG7は適正評価を行い、ロシア政府の財源を枯渇させる努力の巻き添え被害を手掘り採掘者が受けることのないようにするべきです。

G7の新しい取り組みは、(アフリカの)産出国の懸念をどう考慮に入れることができるのでしょうか?

G7による取り組みは、そこから生じる予想外の悪影響を防止あるいは軽減するため、より広い適正評価の枠の中に組み入れて、実際のリスクや潜在的なリスクを特定し対処する必要があります。

特に手掘りされたダイヤモンドの場合、必要書類は例えば無数にある手掘り採掘現場の段階ではなく、輸出の時点から始めてもいいのです。実際、キンバリープロセスは現在そのような方法で機能しています。これにはある程度のリスクを受け入れる必要があります。というのも大きな手掘り採掘産業がある産出国の多くでは、十分でない内部統制と抜け穴だらけの国境のせいで密輸が発生しやすいためです。しかし、輸出入データを事後に照合することで大規模な制裁措置の抜け道は明らかに検出可能になるはずであり、このリスクはほぼ間違いなく制御できます。

したがって、G7の要求が手掘り採掘業界に及ぼす直接的な影響は制御できますが、長期的には予期しない副作用が生じる可能性があります。他の鉱物同様、手掘りダイヤモンドの採掘場所と採掘方法が抱えるリスクの高さと情報の少なさのため、輸入企業は大規模な手掘り採掘産業を持つ国から調達をしないことでリスクを回避しようとするかもしれません。そうすると、G7市場から手掘り採掘ダイヤモンドが事実上排除されてしまうことにもなりかねません。

こういったリスクを軽減するための基本の第一歩は、主にアフリカの手掘りダイヤモンド産出国政府への働きかけであるべきです。そうすれば、G7諸国は提案手法と現実とのギャップを微調整できますし、ロシアが計画反対への支持集めをするのに好都合な誤解を回避することもできます。また、トレーサビリティが産出国にもたらす好機をより明確にして活用するために、さらに多くのことができるはずです。トレーサビリティの向上は透明性を高めることになり、産出国は手掘りダイヤモンド採掘からどれだけ利益があがっているかについて理解を深めることができるようになります。ひいてはサプライチェーンの合理化や、より良い販売取引の交渉もできるようになります。それ以上に、ロシア産ダイヤモンド禁止措置が手掘りダイヤモンド採掘業界に与える悪影響(認識されているものであれ、現実のものであれ)に対処するための技術的援助や支援プログラムを、G7諸国が提供することもできるようになるのです。

 

※本記事はベルギーの独立研究機関「国際平和情報サービス(IPIS)」ホームページに掲載されたものを、許諾を得た上でDFPにて翻訳したものです。

原文:「G7 targets Russian diamonds – Q&A」

https://ipisresearch.be/g7-targets-russian-diamonds-qa/ (2023年12月15日閲覧)

冒頭写真:2023広島サミットで記念撮影するG7首脳  写真提供:EURACTIV