リベリアにおけるダイヤモンド原石評価基礎研修事業

背景

ダイヤモンド原石産業は世界全体で約1兆8,200億円に及びます。手掘り小規模によるダイヤモンド採掘は、世界のダイヤモンド産出量の20%[1]、約3,640億円相当を占めています。小規模手掘りダイヤモンド産業は、アフリカや中南米など世界の貧困地域に位置し、「インフォーマル経済」に分類され、規制や法執行が行き届いていません。そのため、労働者(採掘権保有者や採掘労働者)の搾取や密輸など、違法行為や人権侵害が起こりやすいのが現状です。採掘労働者の収入は採掘権保有者に依存し、採掘権保有者の収入はいわゆる「サポーター[2]」や仲買人に、サポーターや仲買人の収入は輸出業者に依存しています。サプライチェーンの上流にいる採掘労働者の知識の欠如により、搾取はより大きくなります。

当会が実施した調査では、リベリアのダイヤモンド採掘労働者のほとんどが、ダイヤモンドが何に使われるのか、ダイヤモンドのサプライチェーンとは何か、ダイヤモンドの価値が世界中でどのように決定されているのかを全く知らないことがわかりました。自分たちが一生懸命採掘しているダイヤモンドの価値についての知識がなければ、買い手から不当な価格を提示されても反論しようがありません。また、2021年1月にダイヤモンド採掘17村の採掘権保有者を対象に実施した調査では、COVID-19発生以前には1カラット(0.2グラム)のダイヤモンド原石を平均300米ドルで販売していたのに対し、調査時点では平均110米ドルと、ダイヤモンド原石の販売価格は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)発生以降、平均63%下落したことが判明しました。そして、採掘権保有者や採掘労働者は、自分たちが搾取されていることを自覚していることもわかりました。これは是正する必要があります。

ダイヤモンド原石の価値を知ることは、労働者が買い手と価格交渉を行い、COVID-19がもたらす悪影響を緩和し、将来のダイヤモンド原石販売で公正な取引を実現するために重要です。当会がリベリア国バポル州ウィズア村で設立及び運営を支援する採掘組合をはじめ、他採掘村の採掘権保有者や採掘労働者から最も多く寄せられた要望は、ダイヤモンドの価値の評価に関する研修の開催でした。そこで当会は、「リベリアにおけるダイヤモンド原石評価基礎研修」事業を実施することにしました。

[1] 世界銀行, 2013年 https://www.worldbank.org/en/topic/extractiveindustries/br

[2] 「サポーター」とは現地または近隣国からの投資家で、採掘活動に必要な道具や労働者の食事(の一部)に資金援助を行い、その見返りに自身が援助する採掘場から産出された全てのダイヤモンドを自分の言い値で買い取る人のことです。サポーターの中には仲買人免許を持っている人もいますが、多くは無免許です。

事業目的

本事業では、リベリアの手掘りダイヤモンド採掘17村において、ダイヤモンド原石の価値とその基礎的な評価方法について研修します。ダイヤモンド原石のグレーディング(質による分類)を決定する基本的な方法を教授し、ダイヤモンド原石の潜在的な価値について理解を促進することで、ダイヤモンドサプライチェーンにおける情報の格差を是正し、採掘労働者たちの自立可能性を高め、より公正な利益配分を達成することを目的としています。

事業範囲

対象とする採掘労働者のダイヤモンド原石に関する知識が乏しいため、研修の範囲はダイヤモンド原石のグレーディングと基礎的な価値評価に限定しました。 

受益者

2日間研修の直接受益者:リベリア国ボミ州及びバポル州のダイヤモンド採掘17村の採掘者25名知識共有会の直接受益者:リベリア国ボミ州及びバポル州のダイヤモンド採掘17村のダイヤモンド採掘者のうちの知識共有会の参加者

事業の進捗(2022年4月13日現在)

1 17対象採掘村における事業の合意形成および事前調査

2022年2月から3月にかけて、事業の対象となったリベリア国ボミ州及びバポル州の17採掘村を訪問しました。各村において、事業目的と研修内容の説明、村長をはじめ村の指導者から事業参加への同意を得た後、村のダイヤモンド採掘状況の把握、採掘労働者対象の集会、研修への参加を希望する候補者との個人面談を行いました。

ヤンガヤ村指導者との会合の様子 (2022年2月ダイヤモンド・フォー・ピース撮影)

村の指導者や研修参加希望者への説明において、この研修は選ばれた参加者個人の利益ではなく、採掘労働者達から成る村全体への利益を意図していることを強調しました。そのため、研修参加者は村の代表として参加することから、研修参加後に学んだ内容を他の採掘労働者達に伝授するための知識共有会を村で自ら開催する必要があることを認識してもらいました。また、村のすべての採掘労働者が研修参加者を通して提供されるツールキットを使うことができるよう、村の指導者にツールキットを手渡すことが義務づけられていることも強調しました。

キャンプアルファ村での採掘労働者達との会合の様子(2022年2月ダイヤモンド・フォー・ピース撮影)
バーマ村での採掘労働者達との会合の様子(2022年2月ダイヤモンド・フォー・ピース撮影)

【事前調査の主な結果】

研修参加希望者との面談では、読み書き、計算、ダイヤモンドに対する知識、その人物の信頼性ややる気などを確認しました。主な結果は以下の通りです。

– 参加希望者に研修について書かれた文章を読んでもらい、わからない単語があるかどうかを尋ねました。その結果、「gemstone(ジェムストーン:宝石に使われる原石の意) 」という単語がわからない人が大半を占めました。その他、わからない単語として多くの人が挙げたのが「worth(〜の価値があるの意)」 「flaw(ひびや傷の意)」「rough(原石の「原」の意)」 「polish(研磨するの意) 」でした。

-「ダイヤモンドとは何だと思いますか?」という問いに対する一般的な答えは、「ダイヤモンドは貴重な石/岩/鉱物である」でした。一名のみ、炭素原子で構成された物質と言った回答者がいました。

-「なぜダイヤモンドには価値があると思いますか?」との質問には、多くの回答者が「ダイヤモンドには多くの用途があるから」と答えました。中には、ダイヤモンドが工業用として使われていることを知っている人もいました。しかし、宝飾品に使われているからという回答は、91人中7人(7%)のみました。

-たくさんのダイヤモンド原石を写した写真の中で、最も価値のあるダイヤモンドと最も価値のないダイヤモンドはどれかという質問をしました。多くの人が最も価値の低いダイヤモンドは正解したものの、正しい最も価値の高いダイヤモンドを選んだ人はわずか5人(回答者のうち5%)でした。

これらの回答からもわかるように、採掘労働者達のダイヤモンドに対する知識は乏しく、同時に誤った情報や迷信を信じていることも多いことが判明しました。例えば、多くの採掘労働者は、飛行機が飛ぶのはダイヤモンドが使われているからだと信じていました。これは、ダイヤモンドがないと飛行機が飛ばないが故にダイヤモンドが鉱物の中で特別である、という現地の迷信によるものです。また、彼らの多くは、透明度の高いダイヤモンドには水が含まれていると信じていました。

過去1年間(2021年)の村のダイヤモンド採掘状況に関する質問では、平均重量や中央値、彼らが通常採掘するダイヤモンドの一般的な形状や色などに関する情報を収集しました。

一人あたりの年間採掘量 平均 11.23 カラット
中央値 5 カラット
ダイヤモンドの重量 最も一般的 1カラット未満
次に一般的 1〜5 カラット
ダイヤモンドの形 最も一般的 八面体
次に一般的 球体
ダイヤモンドの色* 最も一般的
次に一般的 黄色

*多くの回答者は、黒、緑、茶色、ピンクのダイヤモンドもたまに見つけると答えました。

 

2 研修参加者の選定

プロジェクトチームは17村を訪問後、2日間の研修参加者の選定基準を改訂し、結果をまとめました。

研修参加者選定のための基本条件

1)        読み書きができる

2)        計算ができる

3)        その村の正式な村民として認識されている(短期滞在者ではない)

4)        信頼できる人物である

対象17採掘村には、識字能力のある女性採掘労働者がほとんどいないことが事前調査で判明したため、女性研修参加者を含めるために、女性については1つ目の基準を「英語の会話を理解できる」に修正しました(リベリアの公用語は英語ですが、現地の方言しか理解できない人も多いのです)

選定条件の中で特に重要なのは、5つ目の「信頼できる人物である」ことです。手掘りダイヤモンド採掘に従事する人々の多くは秘密主義であり、多くの採掘村で採掘労働者がお互いを信頼しておらず情報共有をしていないことが、当会の過去の調査や今回の事前調査を通じて判明しました。そこで、各村で村人に信頼され積極的に活動している人が誰かを聞き取り、選定時にその結果を用いました。

これらの条件を基に、25名の研修参加者(うち5名が女性)を選定しました。女性5名のうち3名は読み書きができませんが、英語の会話は理解することができます。

 

3 研修教材の開発

当事業には講師として2名の協力を得ました。経験豊富な宝石学者であり教育者でもあるベス・ウェスト氏、インターナショナル・ジェモロジカル・インスティチュート(IGI)のダイヤモンド原石専門家であるヒティンドラ・ミストリ氏です。ウェスト氏とミストリ氏は共同で、研修参加者のレベルに合った研修教材を開発しました。ミストリ氏は、ダイヤモンド原石の見方などを説明する動画も作成しました。

研修教材「ダイヤモンド原石を理解する」の目次

●         ダイヤモンドとは何か、なぜ価値があるのか?

●         ダイヤモンドができるまで

●         ダイヤモンド原石と研磨されたダイヤモンド

●         4C(カット、カラット、クラリティ、カラー)

●         ダイヤモンド原石の価値評価プロセス

●         ダイヤモンド原石のおおよその価格を算出する方法

●         記録をつけることの重要性

 

4 2日間のダイヤモンド原石評価基礎研修

研修参加者25名、リベリア組合開発庁からの見学者1名を招き、バポル州ボポルで2022年4月11〜12日の2日間にわたる研修を開催しました。

研修プログラム

4月10日 (日) 午後

–          参加者到着

–          オリエンテーション

–          研修受講に関するルール決め

4月11日 (月) 午前 –          開講式

–          プレテスト

–          4C紹介

–          4C(カット、カラット、クラリティ、カラー)

–          クォーツを用いたルーペ使用方法の練習

–          ダイヤモンド原石評価プロセス– カラットとカラー

–          カラーと蛍光性

–          シェイプ (ソーヤブル、メイカブル)

–          シェイプに関する演習

午後 –          クラリティ

–          演習

–          質疑応答

–          質疑応答
4月12日 (火) 午前 –          前日の復習

–          ダイヤモンドのサプライチェーン

–          おおよその価格産出方法

午後 –          演習

–          記録の重要性

–          質疑応答

–          実行計画の作成

–          今後について

–          閉会式

4月13日(水) –          希望者のビデオ撮影

–          解散

参加者は皆、ダイヤモンドについて学ぶ機会を切望していたため、研修への参加を楽しみにしていました。時間を有効に使うため、リベリアでの研修では珍しく夜にも活動を設けましたが、参加者は根気強く、真剣に参加していました。

質疑応答の時間を多く設け、理解を深めてもらいました。その中で興味深い質問がいくつかありましたので紹介します。

– ダイヤモンドができるとき、最初は固体なのか液体なのか?

– ダイヤモンドが発見されたのは何年か?

– 雷が落ちるとダイヤモンドに大きなヒビが入ると聞いた。本当か?

– ダイヤモンドのインクルージョン(内包物)の原因は何か?

– 川、谷、沼、どの土壌にダイヤモンドが多いのか?

– ダイヤモンドはどのように移動するのか?

– ダイヤモンドの産出量が最も多い国はどこか?

– 火山による土壌の侵食はいつ、どのようにして起こるのか?

– 研磨されたダイヤモンドは地中で見つかるのか?

– なぜ大きなダイヤモンドは川の上流で見つかるのか?

– 最も価値のあるダイヤモンドは何色か?

-ダイヤモンドの色が変わる原因は何か?

– ダイヤモンドの最も重要な用途は何か?

– ダイヤモンドよりも価値がある石はあるか?

– ダイヤモンドには定価があるのか?

– リベリアのダイヤモンドの中で、ゴールドカラーのダイヤモンドが一番価値があると聞いたが本当か?

講師は全ての質問に答え、参加者が理解できるまで説明しました。

「これほどまでに、何でも知りたがる受講生たちを見たことがありません。一晩中質問攻めにあいそうな程でした。知識への飢えという表現では足りないほどで、まるで彼らが初めて食べ物をむさぼり食うのを目撃しているようでした」―ベス・ウェスト氏(研修講師)

 

研修の中では様々なグループ演習を行いました。最初の演習はルーペを使う練習です。講師は各テーブルを回り、参加者一人ひとりに使い方を教え、理解度を確認しました。

利き目の近くにルーペを置き、両目を開けて石を見ることは、最初のうちは多くの参加者にとって簡単なことではありませんでした。参加者は徐々に慣れていきましたが、研修後の練習が必要です。

講師の説明に合わせ、参加者が10倍ルーペ使用を練習する様子 (2022年4月、写真提供Tomo)

別のグループ演習は、原石から製造される研磨後のダイヤモンドの割合 (歩留まり率)を計算するものでした。各グループには、講師が描いた仮想のダイヤモンド原石と、そのカラー、蛍光性、クラリティの特徴を記したプリントが配布されました。この原石の状態がソーヤブルかメイカブルか、この原石から何個、どのグレードの研磨ダイヤモンドが製造可能かについて、参加者は話し合い歩留まり率を計算しました。

(ソーヤブルとは2つ以上の研磨ダイヤモンドを製造できるダイヤモンド原石のこと、メイカブルは1つだけ研磨ダイヤモンドを製造できる原石のことです)。

歩留まり率を計算するためにグループで話し合っている参加者の様子 (2022年4月ダイヤモンド・フォー・ピース撮影)

本研修の中で最も難易度が高く、参加者にとって最も興味深い内容は、業界で認知された研磨済ダイヤモンド価格表の数字から逆算し、大まかな原石の価格を算出するものでした。何度も計算が必要なため一筋縄ではいかないのですが、多くの参加者が算出プロセスを理解し、中には完全に理解した参加者もいました。

「この方法によるダイヤモンド原石の価格算出には、多くの注意点があることを参加者に理解してもらった上で、この内容を研修に盛り込むことをプロジェクトチームとも相談し決定しました。採掘労働者は、ダイヤモンド原石の価格は誰も自分たちに教えない秘密だと長年感じていました。それは、ある程度は事実です。だから私たちは、そのような不透明さを取り除き、参加者にできるだけ理解して欲しいと思ったのです」。―ベス・ウェスト氏(研修講師)

グループが正しい歩留まり率を算出し、参加者と講師が手を叩いて喜ぶ様子 (2022年4月、写真提供Tomo)

また、責任あるサプライチェーンや有効なダイヤモンド採掘免許が果たす役割、記録を残すことの重要性、組合を組織することの利点などについても研修で取り上げました。参加した17採掘村のうち、政府に正式に認可された組合は当会が支援を行なってきたウィズア村のみで、もう1村にある組合はプレ組合資格を有するのが現状です。参加者の中には、「自分の住む村の採掘労働者に、組合を作るように勧める」という参加者もいました。

閉会式では、各村にツールキットを正式に手渡し、村の全採掘労働者がツールキットを使用できるよう、参加者が村の指導者へ手渡すことを強調しました。

ツールキットの内容

●         ラミネート加工された教本

●         定規

●         電卓

●         ルーペ

●         電子秤

●         単4乾電池1パック(電子秤用)

●         キュービックジルコニア ラウンドブリリアントカット(研磨されたダイヤモンドの例として)

●         UVライト

ツールキット一式(2022年4月ダイヤモンド・フォー・ピース撮影)
本事業のプロジェクトマネージャー(当会代表理事村上)が参加村にツールキットを手渡す様子 (2022年4月ダイヤモンド・フォー・ピース撮影)

最後に、研修講師から参加者一人一人に修了証が手渡されました。参加者全員が全力で学び、この研修に参加できたことを喜んでいました。

研修講師ウェスト氏が参加者に修了証を授与する様子 (2022年4月ダイヤモンド・フォー・ピース撮影)

「皆に指導することができて光栄でした。知識は力ですが、それは常に善のための力であるべきだと気づかせてくれた受講生達に、とても感謝しています。この研修は長い道のりの最初の一歩に過ぎません。ダイヤモンドのサプライチェーン、特に手掘りダイヤモンド業界における情報の非対称性**は、ダイヤモンド業界がサプライチェーンを『責任あるもの』と宣言するまでに乗り越えなければならない最大の障害の1つです。」 ―ベス・ウェスト氏(研修講師)

**ここで言う情報の非対称性とは、サプライチェーンの下流にいる業界関係者がダイヤモンドに関する潤沢な情報を持つ一方、上流の採掘労働者達はダイヤモンドについてほとんど何も知らないことを指しています。その情報の非対称性が、採掘労働者達を搾取することにつながっています。

研修参加者及びプロジェクトチームの集合写真 (2022年4月、写真提供Tomo)

現在、プロジェクトチームは、各村において研修参加者が開催する知識共有会に参加し、実施状況を確認しています。次回の記事では、知識共有会について特集します。

 

本事業は、世界銀行採取産業グローバルプログラマティック支援信託基金が資金を提供、インターナショナル・ジェモロジカル・インスティチュート(IGI)がダイヤモンド原石評価に関する専門知識を提供、東京真珠株式会社及び英国宝石学会(Gem-A)が対象17村にツールキットを提供するための資金援助を行い、本事業が実現しました。ご支援に厚く御礼申し上げます。また、研修教材用に写真を提供してくださったローレンス・バーバー氏、D’Amadeoのジャレッド・ホルステイン氏、Vantyghem Diamondのケビン・バンティゲム氏、デビアス・インスティチュート・オブ・ダイヤモンド、IGIに感謝申し上げます。