責任ある調達の実践シリーズ(1) Saskia Shutt Designs

photo of Saskia and a miner

Saskia Shutt Designs(サスキア・シャット・デザインズ)

2026年2月 インターン 冨田

本記事では、責任ある調達を実践し、独自の価値観と信念をもって活動を続けるベルギーのジュエラー、サスキア氏へのインタビューを通じて、その背景や取り組み、直面した課題、そして得られた成果を紹介します。読者の方々の責任ある調達を行う上でのヒントになれば幸いです。

サスキア氏紹介

ベルギーのブリュッセルを拠点とするオーダーメイドジュエリー職人、サスキア・シャット氏は、倫理的に調達された貴金属や宝石のみを使用した、100%手作りの宝飾品を制作しています。2016年には、ベルギーにおいていち早くフェアトレード・ゴールドの登録を行い、責任ある調達の先駆者として知られています。現在は、倫理的な宝飾職人の国際的ネットワークである「コミュニティ・フォー・エシカル・ジュエラーズ」のメンバーや、公正な金採掘を認証する「フェアマインド」のライセンスブランド(2018~)として、小規模手掘り採掘者を支援しています。素材の背景にとどまらず、制作環境やデジタル分野における環境配慮まで含めた包括的な倫理観を持ち、世界に向けて情報発信を続けています。

―なぜ責任ある調達が必要なのでしょうか?

私が責任ある調達に取り組む原動力は、「誰もがきちんとした生活を送る権利がある」という公平性への強い信念にあります。ジュエリー業界が抱える児童労働、貧困、水銀汚染といった深刻な課題を長年認識しながらも、かつては一人の職人として何ができるのか葛藤していました。そんな中、2001年の工房移転を機に、化学薬品を自然由来の素材へ切り替え、削り屑や汚泥を徹底的にリサイクルするなど、自身の作業環境の改善から取り組みを開始しました。また、2010年にフェアゴールドを知り、2016年にはフェアトレード・ベルギーに登録しました。独立系ジュエラーであっても、小規模手掘り採掘者から直接仕入れることで、彼らの自立を支援し、産業構造の変化を生み出せると気づいたからです。児童労働や貧困といった暗い起源を持つ素材から生まれたものが、本当に美しいジュエリーと言えるのでしょうか。誠実な輝きを持つジュエリーを、誇りをもって提供したいという想いが、現在の活動を支えています。

―独立系ジュエラーだからこそできることとは何でしょうか?

取り組みを始めた直後、ベルギー国内でのフェアトレード・ゴールドに対する支援体制が打ち切られるという困難に直面しました。別の方法を模索する中で、国際的なネットワークへと視野を広げ、「コミュニティ・フォー・エシカル・ジュエラーズ」への参加に至りました。小規模な事業者であることの利点は、意思決定の速さと、流通経路を短く保てる点にあります。これを活かし、採掘コミュニティから直接仕入れることで、コストを抑えながら高い倫理基準を満たすジュエリー制作を実現しています。取り組みを始めたばかりの頃は価格上昇により離れる顧客もいましたが、代わりに「起源が明確で、採掘コミュニティを支援しているジュエリー」を求める新しい顧客層との信頼関係が構築できました。現在は、英国のEU離脱や税制変更により調達先の確保が難しくなるなどの課題もありますが、サプライヤーとの対話を重ね、価値観の一致を確認しながら、透明性の確保に努めています。

―透明性の確保のために実際はどんな取り組みをされていますか?

ダイヤモンドは、追跡可能な「カナダマーク(カナダ政府による原産地証明制度)」、またはお客様から預かったジュエリーを再利用する「セカンドライフ・ダイヤモンド」のみを使用しています。色石についても、鉱山から直接仕入れる「マイン・トゥ・マーケット(Mine to Market)」の取引先を厳選しています。多くの企業が供給量の安定した大規模採掘を選択していますが、私は小規模手掘り採掘者を支持しています。小規模手掘り採掘は、世界で数億人の生活を支える極めて重要な産業であり、地域社会への貢献度が非常に高いためです。大規模採掘が効率優先の大量生産型の採掘であるなら、小規模手掘り採掘は、時間をかけて環境や人を尊重する“スロー・マイニング”です。環境を破壊するサンゴなどの素材は使用を拒否し、代替案を提示することも職人としての責任であると考えています。

―社会の意識変容に向けて必要なことは何でしょうか?

責任ある調達の意識が十分に浸透していない地域では、政治的な障壁が大きな課題となることが多くあります。過去に、モンゴルの金鉱山が認証を維持できなくなった背景には、利益の還元を嫌う政府の介入がありました。こうした状況を打開するためには、個人の努力だけでなく、国際社会や国連を通じた支援によって政府の意識改革を促すことが必要であると考えています。また、政治的障壁がないにもかかわらず、社会的に課題意識が醸成されにくい場合には、日本でも真珠業界でサステナビリティを提唱する動きがあるように、業界内で影響力を持つ人物をパートナーとして巻き込み、啓発活動やロビー活動を共に推進することも重要です。

サステナビリティはどこまで推進するべきでしょうか?

私たちにできるサステナビリティへの取り組みは、ジュエリーの素材選びにとどまりません。再生可能エネルギーを利用したウェブサイト運営や、森林管理認証紙(FSC認証紙)を用いた包装など、事業活動のあらゆる場面で環境負荷の低減を実現することができます。サステナビリティは、私にとって生き方そのものです。ジュエラーに限らず、デジタル分野における二酸化炭素排出量など、目に見えない部分にも責任を持つべきだと考えています。例えば、ウェブホスティングを環境配慮型のものに切り替えることは、わずか1時間でできる小さな、しかし大切な一歩なのです。

今後、宝飾品業界にどのような変化を期待しますか?

ジュエリー業界に関わるすべての人々の意識が変わることを願っています。ジュエリーの物語は職人の机ではなく、採掘現場から始まるという認識こそが、真に美しいジュエリーを生み出すと考えているからです。導入をためらう企業へのメッセージはシンプルです。「Just do it」。一歩ずつでいい。まずは小さな一歩を踏み出すこと ―サプライヤーと対話し、自分の価値観を共有できるパートナーを見つけること―が、業界全体の透明性と責任ある未来を切り拓く鍵となるのです。

Photo of Saskia and miners
リベリアの採掘者たちに自身の仕事を説明するサスキア氏

インタビューを通じて

サスキア氏との対話から見えてきたのは、サステナビリティとは単なる「素材の選択」ではなく、ビジネスの在り方そのものを定義する「誠実さ」の表れであるということです。労働者の尊厳と環境の持続可能性の両立を重視する、徹底した倫理観がうかがえました。また、独立系ジュエラーという規模を制約と捉えず、むしろ機動力を活かして志を同じくするサプライヤーと直接つながる彼女の姿勢は、責任ある調達を難しいと躊躇する多くの企業に大きな示唆を与えます。「Just do it(とにかくやってみて)」という彼女の言葉は、環境の変化を恐れ動けなくなるのではなく、まずは一歩を踏み出し、価値観を共有できるネットワークを築くことの重要性を物語っているように感じました。採掘者から顧客、そして地球環境に至るまで、すべての関係者に対する尊敬の念が込められた彼女のジュエリーは、業界全体が目指すべき透明性と責任ある未来の形を示しているように思いました。

冒頭写真:リベリアの採掘者ビクトリア氏とサスキア氏(2024年6月DFP撮影)