現地活動報告Vol.2(2014年10月〜12月)
エボラウイルス病の感染が広がった地域では、感染を恐れた人々の感染者への差別・偏見が問題となっています。
エボラウイルス病への感染が恐れられ、また恥ずべきことだと思われているため、患者が発生した家の近隣に住む人はその家族をさらに孤立させるさまざまな対策を講じました。たとえば、患者の家族が井戸に近づくことを禁止したり、生活必需品の販売を拒む商店もありました。このように増大する反発を鎮め改善するために、ローワーポリスアカデミー地区のエボラ支援ボランティアチームが患者の家族と近隣住民を和解させるための活動を始めました。
患者の家族を隔離しようとする住民との会合を開催し、患者の家族がどうしたら地域において安全に暮らしていけるかについて協議するとともに、近隣住民へのエボラウイルスへの感染を予防するための措置について話し合われました。そして患者の家族を支援するためのさまざまな対策が導入されることになりました。例えば、患者の家族が指定の場所にバケツや容器を置き、近隣住民が水を汲みその容器に入れ、その後患者の家族がその容器を取りに行くようにしたり、患者の家族からお金を預かり、近隣住民が近くの商店で塩、ろうそく、魚などの生活必需品を買う手助けをしました。時には商品を購入するために、郊外の市場まで足を運ぶこともありました。購入した物品の置き場所を家の近くに特定し、他の近隣住民と共に継続してその家族への支援を行いました。
以下の表は、ボランティアによって対応された全てのエボラウイルス病患者についてまとめたものです。
ローワーポリスアカデミー地区におけるエボラウイルス病患者数
内訳 総数(男性/女性)
報告された患者数 8(4 /4)
ETUに搬送された患者数 6(3 /3)
ETUからの生存者数 5(2 /3)
ETUでの死亡者数 1(1/0)
家庭における死亡者数 2(1/1)
(ETU:エボラウイルス病の治療施設)
事例:小さな家に住むある家族の話
この家族の次男はバイクタクシーの運転手で、昨年9月末頃に具合が悪くなり、母親が自宅で看病をしていました。容態が悪化し、エボラの兆候や症状が現れると、彼はエボラウイルス病の治療施設(ETU)へ搬送され、エボラ陽性と診断を受けました。しかしETUは患者で溢れており、彼を受け入れるスペースが無かったため、入院は認められませんでした。彼の父親は、自宅で看病するために、治療について簡単な指導を受け、基本的な医薬用品をもらいました。しばらくすると、母親が体調を崩し、エボラの兆候や症状が現れましたが、母親はエボラへの感染を否定しました。母親の容態は悪化していきましたがETUへ入ることを拒否、薬を飲むことも拒むようになり、後に母親は亡くなりました。
母親の死後、バイクタクシーの運転手である次男に加え、別の2人の子供たちにもエボラの兆候や症状が現れ、容態は悪化していきました。3人の子供たちはETUへ搬送され、入院することになりました。そのうち7歳の子ども1人が亡くなりました。残りの2人が退院した後、今度は父親が体調を崩しました。父親はETUに搬送され、エボラと診断されましたが、治療を受け無事退院することができました。
関連リンク・資料:
・エボラウイルス病緊急支援活動 寄付報告
・エボラ緊急支援イメージムービー(youtube)
・西アフリカにおけるエボラウイルス病の動向
・リベリアにおけるエボラウイルス病の危機
・エボラウィルス病に関する基礎知識
・リベリアにおけるエボラウイルス病による社会経済的影響
・リベリア基本情報
・リベリアの歴史(内戦~2014年)