キンバリープロセスの機能不全

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キンバリープロセスの機能不全:利害と特権を守る「盾」と化した国際認証制度

―なぜ定義改革は4年連続で失敗したのか

キンバリープロセス(KP)は、紛争ダイヤモンドを国際市場から排除するために2003年に創設された制度です。しかし、2025年11月にドバイで開催された年次総会では、制度改革の核心である「紛争ダイヤモンド」の定義拡大について、4年連続で合意に至りませんでした。

この停滞は、単なる地政学的対立の結果ではありません。むしろ、参加国がそれぞれの経済的利益や国家としての特権を守ろうとする構造的な“自国益優先”の姿勢が、制度そのものを機能不全へと追い込んでいます。

本記事では、定義をめぐる攻防の背景と、制度が現実から乖離してしまった理由を読み解きながら、ダイヤモンド・フォー・ピース(DFP)がなぜ独自のアプローチを続けるのかを説明します。

  1. 「定義」をめぐる争いが示すもの

現在のKPが採用している紛争ダイヤモンドの定義は、「反政府武装勢力が正当な政府を弱体化させるために利用するダイヤモンド原石」という、20年前に作られた非常に限定的なものです。この定義では、国家が自国民に暴力を振るったり、治安部隊が採掘者を虐待したり、国家主体が侵略戦争を行ったりしても、そのダイヤモンドは「紛争ダイヤモンド」とは見なされません。

これに対し、市民社会や一部の参加国は、暴力の主体を問わず「広範囲かつ組織的な暴力に関連するダイヤモンド」を規制対象に含めるべきだと主張してきました。もしこの近代化案が採用されれば、国家による深刻な人権侵害も制度の対象に含めることができるようになります。しかし、まさにその点こそが、各国が強く抵抗する理由でもあります。

  1. 倫理と主権の対立、その裏にある“国家の免責”

定義拡大を求める西側諸国は、ロシアによるウクライナ侵攻を念頭に、国家主体による暴力も規制対象に含めるべきだと主張しました。消費者の倫理的期待に応えることが業界の信頼性を守り、産出国の持続可能な発展にもつながるという考え方です。

一方、世界最大の産出国であるロシアは、こうした提案を「政治的・イデオロギー的な介入」であり、国家主権の侵害だと強く反発しました。ロシアにとってダイヤモンド収益は国家財政の柱であり、国有企業アルロサ社の利益は国家の生存に直結します。そのため、国家主体の行為が国際的な規制や評価の対象となるような枠組みには、根本的に応じる姿勢がありません。

しかし、議論を停滞させているのはロシアだけではありません。キンバリープロセス市民社会連合(KP CSC)は、「拒否権はあらゆる方面から発動された」と報告しています。このことは、多くの参加国が国家主体による暴力を規制対象に含めることに対して慎重な立場を取った可能性を示しています。

その背景には、国家による暴力を対象に含めれば、自国の治安部隊や政府機関の行為が国際的な監視や批判の対象となり、政治的・経済的な影響を受ける恐れがあるという懸念が、多くの国に共有されていたと考えられます。

  1. 経済的利害が制度改革を阻む構造

ベルギーの例は、この構造を象徴しています。ベルギーは当初、ロシア産ダイヤモンドへの制裁に慎重でした。アントワープの市場シェアがドバイなどに奪われることを懸念したためです。その後、制裁支持へ転じた背景には、自国のトレーサビリティ技術を導入することでアントワープの優位性を再構築できるという思惑がありました。

このように、倫理的議論の背後には常に経済的利害が存在し、制度改革はその力学に左右され続けています。国家が自らの暴力に説明責任を負うようなルールづくりには、多くの国が結託して抵抗しているのが現実です。

キンバリープロセス市民社会連合は、議論の場で各国が「採掘地域の住民を守る」と口では言いながら、実際には自国の特権を守るために彼らの苦しみを利用していると厳しく批判しています。

  1. 現実から乖離する制度と、置き去りにされる採掘地域の住民

本来、キンバリープロセスは改善を促すための制度でした。しかし現在では、国家や業界が自らの行動改善や説明責任を求められることを避けるための“盾“として機能してしまっています。

特に問題なのは、「世界のダイヤモンドの99%は紛争と無関係」というメッセージです。この数字は、国家主体の暴力や汚職、環境破壊、児童労働といった現代の深刻な課題を一切反映していません。消費者に誤った安心感を与え、採掘地域の住民の現実を覆い隠してしまっています。

  1. 制度の限界を超えるために:実効性のある取り組みへ

国家主導のモデルが限界を迎えている今、私たちはキンバリープロセスの定義更新を待つだけでは不十分です。企業が自らリスクを特定し対処するデューデリジェンスの徹底、透明性の高いトレーサビリティ技術の普及、そして採掘者の自立支援など、制度に依存しない実効性のある取り組みを加速させる必要があります。

これらの取り組みは、制度改革よりも早く、確実に現場の人々の生活を改善する力を持っています。

  1. DFPの立場:制度に左右されない“現場からの変革”をめざして

Diamonds for Peace(DFP)は、「すべてのダイヤモンドが人道・環境に配慮して採掘・加工される社会」をめざし、国際的な制度の動向に左右されることなく活動しています。採掘者の自立支援や企業への働きかけなど、実効的な取り組みを今後も着実に進めていきます。

DFP責任ある採掘研修の写真
DFPが開催した責任ある採掘研修の中で、ダイヤモンドを効率よく見つけるために地層を見る講師と参加者

 

本記事の作成にあたっては、以下の資料を参照しました。